私は魚類の行動生理学について研究しています。行動が起きるメカニズムについての研究です。同時に、魚類の行動を利用して、産業に役立てるための応用研究も行っています。
十年前から、魚の学習能力を利用した「自発摂餌」とよばれる研究を行っています。これは、スイッチを引っ張ると餌が落下する装置を水槽に設置すると、魚はスイッチと餌の関係を学習して自分で摂餌する行動のことです。学習したあとは、食べたい時に自分でスイッチを引いて餌を食べるようになります。これまでの研究から多くの魚種がこの学習能力をもっていることが分かってきました。
動物行動学からみると、この行動や学習能力は大変魅力的です。たとえば、群れの中の特定の少数の魚(優占魚)が頻繁にスイッチを入れることが分かってきましたが、それらは特に早く学習する魚でもなく、体の大きい魚でもありませんでした。餌を摂取するという点で大変重要な役割を持つ魚ですが、学習能力や体の大きさに関係なさそうです。とすると優占魚となる素質はどこにあるかという疑問が湧きますが、残念ながら現在のところまだその答えは分かりません。自発摂餌の行動メカニズムを調べていくなかでこんな魚の不思議な姿が見えてきたのです。水中の魚の行動を調べるのは大変難しいのですが、まだまだ興味深い未知のテーマが沢山ありそうです。
一方、この自発摂餌を産業に利用する研究も行っています。特に、養殖業に利用すると多くのメリットのあることが分かってきました。まず、魚は食欲に応じてスイッチを入れるため餌の無駄がなくなりました。コストの節約ができます。さらに、無駄な餌が海底に沈まないため、水質や水底の環境汚染を低減できることも分かってきました。省力化にも役立ちます。現在、この技術は他大学、研究所、県の水産試験場などとの共同研究により、私たちの大切な蛋白源であるマダイ、ブリ、ニジマスなどの養殖に利用されようとしています。
このように、自発摂餌という魚の特殊な行動から始まった動物の基礎研究が、産業に役立つ技術になろうとしています。毎年、多くの大学院生や卒研生とともに動物のもつ素晴らしい能力を発見するという楽しみを共有しながら、その一方で、産業に少しでも早く役立つ技術として完成させたいと思っています。(取材:はるか ちかよ)
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