山梨の「犬捨て山」― 昔と今

Part1


マルコ・ブルーノ

11年前……





25年ほど前、渋谷区から足立区に移り住んだとき、私は自分の目を疑った。


飼い犬たちは凶暴な猛獣のように短い鎖でつながれ、身も心もぼろぼろの哀れな姿に

びっくりした。


そして荒川河川敷では捨て犬だけではなく、段ボールに入れられた生まれたばかりの子猫、

可愛いウサギ、鶏、蛇、などのペットが目に付く。


死んでしまった動物たちの腐乱死体もあった。


これほど悲惨な現場を見たことのない私にとって、地獄のように感じた。






しかし上には上があるように、

下にも下がある。



本当の動物地獄を見たのは11年前。



はじめてあの山梨の現場を

見に行ったときのことを

思い出すだけでも、寒気がしてくる。



これほど悲惨な状況におかれている犬たちを

見たことはなかった。



町外れにフェンスで囲った場所一ヵ所、

バスの廃車でつくられた場所一ヵ所、

野放し状態の場所一ヵ所、

町の中のビル一ヵ所に

数え切れないほどの犬たちが
集められていた。



咲き終わった桜の花弁のように

散らばっていた子犬の数を入れないで、

400頭以上の犬がいた。



以前、廃材でつくってあった

犬小屋のほとんどが

雪や風の被害を受け、

犬たちを悪天候から守るものはなかった。



あそこに集められたかわいそうな犬たちは

雪に埋もれたり、

雨に打たれたりの毎日だった。



そして夏のあいだ、

日差しから逃れることができずに、

犬たちは土に残っていた

ほんのわずかな水分を

なめながら命をつないでいた。



このような過酷な状態に

おかれたにもかかわらず、

一週間や十日間水をもらえないことが

しばしばあった。



はじめて行ったときもそうだった。



各小屋に置いてあった古鍋や

プラスチックの入れ物には水はなかった。



ほこりだらけのからから状態であった。



そして少しの雨水が残っていた入れ物には、

抹茶のように苔がたまっていた。



水が飲めるような状態ではなかった。



もちろん、餌らしいものも

見あたらなかった。



数ヵ所にハエがたかっている

腐った鶏の生肉が

地面に散らばっていただけだった。



水もなく、餌もなく、

一ヵ所に百頭以上の犬が

死と背中合わせで生きていた。



そしてどこの場所でも同じ光景:

死体と子犬だらけ!




地元では、あの当時から、

犬たちが集められていた場所を

「多頭飼育現場」とよばれていた。



行政も一般の人もそうよんでいた。



多頭飼育?



「多頭」と言えば、それに間違いはないが、

「飼育」とは言えないだろう。



臭いものに蓋をするかのように

きれい事で誤魔化しているのか、

日本人なのに日本語を

正しく理解できないのか?



それとも両方なのか?



常識の判断力を持っていれば、

この数カ所の場所は

「多頭飼育現場」ではなく、

「命の不法投棄現場」だと分かるはずだ。



まともな先進国であれば、

この現場の責任者を動物愛護法に

基づいて裁かれることになる。



なのにみんなが見て見ぬふりをしていた。



現状を改善してくれと

苦情を入れる住民がいたにもかかわらず、

保健所も、市役所も、警察も、

みんな知らぬ顔。



そうしているあいだ、

自己繁殖や

現地へ犬を捨てに行く人たちによって

犬の数が雪だるまのように増え、

手がつけられないほどの状態になった。



これは「多頭飼育現場」ではなく、

例をみない「犬捨て山」だ。



つづく


↓写真をクリックすると拡大します。↓
Photo by Marco Bruno




※ この記事は当時の様子を書いたものです。
 数年前から山梨県の行政もこの悲惨な命の不法投棄現場に関して理解を示し、
 状況改善に向けて協力をしているところです。

 そして多くの方々の支援と帝京科学大学の学生たちの懸命な努力によって、
 現状がかなり改善されており、犬の数も150頭まで減少しました。



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